
松の芽吹き
猿投窯の終焉と並行して「日本6古窯」の一つである「瀬戸古窯」が始まる。日本6古窯とは、中世・平安時代後期から繁栄し、現代も続いている主要な6つの窯場を云い、瀬戸の他、常滑・信楽・備前・丹波・越前がある。
瀬戸古窯は猿投窯の最北に位置し、猿投窯の技術を受け継ぎ、更に良質で豊富な粘土と燃料(松、なら等)を駆使して発展してゆく。・・・・(取材中)
2009年6月28日日曜日
103.タジン鍋 ロマン再び ー 8 / 瀬戸古窯
102.タジン鍋 ロマン再び ー 7/ 猿投窯の終焉
5~14世紀、日本最大の陶器(須恵器・灰釉陶器)生産地に発展した「猿投窯」もついに終焉を迎える。どうして終わったかは諸説あるが推測を含めて纏めると次の様である。
1. 他地域が発展し相対的に衰退。猿投窯の技術は全国に広がり、また、大陸からの技術導入もあって他地域が大きく発展。猿投窯はもともと保守的で、末期の13~14世紀ごろは一般庶民向けの安茶碗に集中して生産していたの発展が遅れたともいわれる。
2.猿投窯地域は、材料(粘土、燃料など)、流通に限界があり、例えば、「瀬戸」に比べて粘土層が薄く、亜炭層もあって新時代の大量生産には不向きであった。又、燃料である木材(松、なら)が枯渇したとも言われている。
しかし、猿投窯の技術は次代の瀬戸古窯、常滑古窯を中心に引き継がれて今日まで、日本の・世界の代表的陶磁器生産地として発展して行く。
2009年6月21日日曜日
101.タジン鍋 ロマン再び ー 6 / 猿投古窯跡群-3


香久山古窯/日進市香久山5丁目 /海抜50m 2009.7.19撮影
猿投窯・約1500基は特に奈良・平安時代にはわが国屈指の窯業地でした。灰釉(かいゆう)・緑釉陶器(りょくゆうとうき)という、当時の日本で最も高級な製品を生産し、中国製品に次ぐ高級品として平城京・平安京の都を中心に全国へ供給されました。 のちに、その窯業技術は、瀬戸・常滑へと受け継がれたと考えられています。
これらの内、保存状態の良い窯の一部が市町村の文化財として手厚く保護・公開されている。香久山古窯もその一つ、また、香久山古窯(岩崎45号窯)は70基を数える猿投窯・岩崎地区の古窯の中のひとつで、昭和57年(1982年)に発掘調査が実施されました。遺構は、平安時代初期(9世紀初期)の典型的な窖窯(あながま)で、長さ7.9m、幅2.0mの窯内に分焔柱(ぶんえんちゅう)を有し、天井部を除いて、ほぼ完全な状態で残存していました。

詳細 クリック拡大
香久山古窯がある「すずかぜ公園」、右は香久山小学校 発掘調査(1982年)の後、古窯を残して周囲は名古屋市の都市計画として宅地開発(1985~1995)された。
香久山古窯がある建物 これ程の丈夫な建物は猿投古窯跡群地域には他に無い。
2009年6月13日土曜日
100、タジン鍋 ロマン再び ー 5 / 猿投古窯跡群-2
日進市岩崎町竹の山(海抜100m)から東北東「猿投山・629m」を望む。 正面の丘陵に「愛知万博」記念公園が見える。左側は瀬戸市、右側は豊田市、手前は長久手町、日進市 クリック拡大
上記写真の撮影位置から西南西「伊勢湾」方向を望む。 正面向う側、及び、右が名古屋市、手前が日進市、左が豊明市。 既報の「東海湖」底の地層写真はこの写真中央の森の右向う、後報の「香久山古窯跡」は左水道搭下の森左側にある。
愛知県日進市を中心に半径約10km以上の広大な名古屋東部丘陵地(海抜30~200m)は数百万年前の「東海湖」の時代に現在の猿投山629m(愛知県瀬戸市と豊田市の境界)、三国山701mm(愛知県と岐阜県の境界)方面から膨大な花崗岩風化物が流入堆積した。古代(5~12世紀)、この地区には延べ約1500基の窯があったとされている。
2009年5月30日土曜日
99.タジン鍋 ロマン再びー4 / 猿投古窯跡群-1
日本で焼き物の生産は12000年前、世界でも最も古いと言われている。世界的には9000年位前、中国、エジプト、ギリシャなど各地の古代文明の時代からとされる。近世までの日本の焼き物の発展は中国、朝鮮から伝来した技術によるところが大きい。いわゆる縄文式土器、弥生式土器は日本全国で作られていたと言う。1万年も続いた縄文土器の野焼きの時代が終わり、窯で焼成する焼物それが土師器・須恵器です。 焼成温度が飛躍的に伸びた古墳時代の土器には、土師器と須恵器の2種があります。縄文・弥生以来の技術的伝統を受け継いだ赤焼きの土器を土師器といい、青灰色の硬く焼きしまった土器を須恵器と呼びます。・・・
赤破線は現在の地図上に印した
猿投(さなげ)古窯跡群エリア クリックで拡大
日本三大古窯(古代の窯跡)の中で最大規模を誇る猿投(さなげ)古窯群、学術的には「猿投山西南麓古窯跡群」と呼ぶ。 猿投山(さなげやま・629m、地図参照)の西南に広がる低丘陵地に5世紀(古墳時代)から14世紀(室町時代初頭)までの約900年間にわたり形成され、須恵器,灰釉陶器などが焼かれ全国に流通した。これらの陶器は日本各地の5世紀以後の遺跡から発掘されている。日本6古窯の常滑焼、瀬戸焼、さらに瀬戸焼の後に栄えた美濃焼の原点になったとも言われている。
又、猿投古窯は当初は名古屋市東部、現在の千種区東山地区を中心に発展し次第に東部に移動、最後は瀬戸地区で「瀬戸古窯・瀬戸焼」の原点と成ってゆく。
2009年5月26日火曜日
98.タジン鍋 ロマン再びー3 / 東海湖の恩恵

現在の地図の上に印した東海湖(イメージ図) クリックで拡大
東海湖と古琵琶湖は600万年前からでき始め、東海湖の最大面積期は200万年前と言われている。周辺の山々の花崗岩質が風化した粘土やシルト、砂、礫、及び、メタセコイア等の植物が湖底に層状堆積した。植物の堆積は地層の圧力で半石炭化し、60年位前まで「亜炭燃料」として広い地域で掘削された。現在も亜炭鉱跡の地盤沈下が各地で社会問題となっている。
粘土の堆積は200万年後の現在も人類の文明の利器としての陶磁器産業が延々と続いている。
東海湖周辺では瀬戸焼、美濃焼(多治見、土岐、瑞浪)、三州瓦(高浜)、常滑焼、万古焼(四日市) 古琵琶湖周辺では信楽焼、伊賀焼など。
いわゆる「日本6古窯(中世~現代まで続く窯場)」は前記の瀬戸・常滑・信楽の他に備前焼(岡山県)、丹波焼(兵庫)、越前焼(福井)がある。一方、日本3大古窯(古代の窯跡)は後述の「猿投古窯群(愛知県)」、陶邑窯(すえむらかま大阪府)、渥美窯(愛知県)と言われている。このように日本古来の陶器産業は東海湖と古琵琶湖周辺にある事が解かる。これに対し、日本の他の窯場は、主に近世に渡来した朝鮮人や中国人が技術伝承した窯である。例えば、桃山時代に朝鮮出兵した秀吉の亡き後、朝鮮の陶工を連れ帰って起こさせたのが萩焼、薩摩焼、有田焼、・・・等である。
東海湖の湖底に堆積したと考えられる地層。 下からシルト層・粘土層・赤土層 (断層もみえる) 日進市岩崎台3丁目付近の道路工事現場/ 標高50m(2009.5.10)
粘土層の上に「亜炭層」が見える
亜炭を燃やす 懐かしい石炭の匂い
東海湖、古琵琶湖は200万年前以降、主として地殻変動などの影響で陸地が盛り上がり次第に消滅又は移動(琵琶湖)してゆく。更に、氷河期の終焉による海面上昇で伊勢湾が誕生した。
2009年5月22日金曜日
97.タジン鍋 ロマン 再びー2 / 地球と日本列島の46億年の軌跡
地球誕生から1万年前までを大雑把に振り返ると
46億年前・地球の誕生・惑星の衝突→火の玉へ
40億年前→全球海、生物の誕生
20億年前→大陸の誕生、移動
5億年前→大陸の合体、一つの大陸へ
2億年前→一つの大陸から分散・移動→再合体の開始 日本列島はこの間、太平 洋プレート(海底の岩盤)の大陸下への沈み込みにより海中でで 徐々に形成→浮上、合体、北上
1億3千万年前の日本列島 北側と南側が7千万年前に合体、境界部分が「中央構造線(大きな断層)」といわれ現在の地図上で確認できる。九州、四国、紀伊半島、伊勢湾、三河湾を横断し北上している。
7000万年前→日本列島→大陸と結合→恐竜の侵入、過去の海底堆積物がマグマの影響で変成・花崗岩へ
6500万年前→惑星の大衝突による恐竜の絶滅
2000万年前→日本海の誕生による大陸と日本列島の分離開始、以後、結合、分離を繰り返す
1000万年前→日本列島は現在の姿に近似するも、尚、西日本は大陸と接続
600万年前→東海湖と古琵琶湖が誕生 最初の人類はこの時期にアフリカで誕生したといわれている。
200万年前→東海湖は最大に 新しい人類の登場 最大の氷河期 この頃から東海湖の東部が隆起、西部が沈降 湖は次第に縮小化
170万年前→人類が日本列島へ
50万年前→大陸と最初の分離
2万年前→最後の氷河期により海面が下がり列島は大陸と最後の結合
1万年前→氷河期が終わり海面が130m上昇、列島は漸く現在の姿に落ち付く 海水が旧東海湖に流入し伊勢湾ができる 初期伊勢湾は岐阜の奥まで到達、名古屋は熱田・御器所台地、東部丘陵以外は未だ海底であった。東部丘陵でも瀬戸市、日進市中央部は入り江であった。
このように波乱万丈の地球、及び、日本列島の地学的歴史であるが、これらは地球誕生当初の「火の玉」の冷却・対流に起因する地殻の変動、火山活動、宇宙から地球へ到達した物質元素、岩石の変質・風化・堆積、太陽黒点活動に起因する氷河期の繰り返し・・・など悠久にして壮大なドラマの結果であり、又、永遠に続くドラマでもある。1~2億年後には日本列島はハワイやオーストラリアと共にアジア大陸に合体、地球は再び一つの超大陸になると言われている。
2009年5月20日水曜日
96.タジン鍋 ロマン 再びー1 / 序章
黒松の芽生え 後方は3年松
宇宙ができて137億年、太陽系・地球の誕生から46億年に比べれば、現代に至る最後の1千万年は、ほんの一瞬に過ぎない。しかし、此処には手の届く様な現実的なロマンがある。以下、最後の1千万年を中心に地球の歴史とタジン鍋とのかかわりを見る。
2009年5月3日日曜日
95.タジン鍋 食べ比べ / K型は安定した美味しさ
左:K型(かぶと型・従来品) 右:C型(コーン型・市場一般品並)いずれも当工房製作品 花は はごろもジャスミン
各5回調理比較結果:C型は食材量や水分量のバラツキが調理後の柔らかさや風味、焦げ付きに比較的敏感に影響する感じ。従って使いこなしにある程度の慣れが必要。一方、K型は少々のバラツキは関係なく安定しているし、たっぷり量をこなせる感じである。風味・柔らかさもやや上。
理論的には、蓋の内面積・重さが大きいほど「水分の循環・風味や栄養の封じ込め・遠赤外線効果・保温」が長時間続くためと考えられる。
2009年4月29日水曜日
94.ブログタイトルを 「タジン鍋 ロマン」 に変更
ブログ1周年記念に「タジン鍋 製造販売」から夢のあるタイトルへ、サブタイトルとして「製造販売」を残す。
もっこうバラ バラ科/木香薔薇とも書く。とげが無く薔薇の原種とも言われ中国原産 下は陶器製「つくばい」
2009年4月26日日曜日
93.タジン鍋 新試作品完成/従来品と比較へ

< コーン(C)型 4月29日
従来のかぶと(K)型と比較して洒落たデザインである。モロッコ原産のタジン鍋とほぼ同じで、日本ではこれが一般的である。K 型に比べて蓋、及び、鍋が小さく軽い分だけ性能的にはやや劣ると考えられるが実用的な比較を行ってみたい。
2009年4月23日木曜日
92.タジン鍋ブログ 1周年御礼 / バックナンバー一覧
2008年4月にブログ開始以来1年が過ぎました。ご愛読、アクセス、コメント、ご注文された方々に厚く御礼申し上げます。引き続きご指導、ご鞭撻、ご愛用方よろしくお願い致します。
ジャーマンアイリス/アヤメ科 日本のアヤメ属の代表が花菖蒲とすれば、欧米の代表がジャーマンアイリス。花菖蒲と違い乾燥した土地を好む。根茎
右向うに見えるのは陶器製「出雲丸灯篭」 左向うはダッチアイリス/アヤメ科 オランダで改良されたアイリス 球根
バックナンバー一覧(途中まで)
1.タジン鍋のインターネット販売を始めました
2.無水調理土鍋 /タジン鍋とは?
3.タジン鍋の特徴/野菜が柔らかく、とてもおいしい
4.タジン鍋の使い方/すごく簡単
5.タジン鍋の超耐熱性/従来の土鍋とは陶材料が違う
6.タジン鍋のレシピ/キャベツがいちばん
7.タジン鍋愛用者談/使い出したら止められない/夏OK
8.タジン鍋の販売事情/商品とその信頼性の認知
9.タジン鍋の手作り-1/製造工程
10.タジン鍋の手作り-2/材料について
11.タジン鍋の手作り-3/粘土の荒練
12.タジン鍋の手作り-4/菊練
13.タジン鍋の手作り-5/ロクロ引き
14.タジン鍋の手作り-6/半乾燥
15.タジン鍋の設計思想/性能と使い勝手
16.タジン鍋の手作り-7/中仕上げ
17.タジン鍋 製造・販売の動機/「やきものワールド」見学
18.タジン鍋の手作り-8/乾燥
19.タジン鍋の手作り-9/施釉
20.タジン鍋の手作り-10/焼成
21.タジン鍋の手作り-11/完成検査
22.タジン鍋の性能実験-1/データで証明する
23.ここで工房紹介/クイズを当てて タジン鍋をゲットしよう!
24.タジン鍋の性能実験-2/材料の対熱衝撃性比較d
25.タジン鍋 手作り工程における省エネ、省資源
26.タジン鍋のデザイン/ご意見うかがい
27.タジン鍋の魅力ふたたび-1/柔らかくて美味しい
28.タジン鍋の魅力ふたたび-2/調理が簡単
29.タジン鍋の魅力ふたたび-3/使いこなしが楽しい
30.タジン鍋の魅力ふたたび-4/健康増進に貢献
31.タジン鍋の魅力ふたたび-5/エコロジー、エコノミー
32.手作り陶器、土鍋、タジン鍋
33.土鍋も進化する/タジン鍋もそのひとつ
34.タジン鍋のIH対応について/研究中
35.タジン鍋の注文方法/メールしてください。
36.土鍋の最大の特徴=遠赤外線効果とは?-1/タジン鍋は最高
37.土鍋の遠赤外線効果とは?-2/タジン鍋はより大きな効果
38.土鍋の徐加熱・保温効果/タジン鍋の肉厚が効く
39.バックNO.一覧表/タジン鍋のすべて
40.タジン鍋物語/一応の決着
41.タジン鍋クイズ 締め切り延期
42.こんなのも作ります/タジン鍋より遥かに難しい
43.タジン鍋 大量引き合い/残念!製造不可能
44.タジン鍋の増産体制/大口注文に対応
45.贈答に最適 タジン鍋/全てに手頃感
46.耐熱粘土の仕入れ/タジン鍋に最適
47.タジン鍋のふるさと モロッコ/映画「カサブランカ」の舞台でもある。
48.映画「カサブランカ」に タジン鍋登場/???
49.新しい手作り陶器を試作/タジン鍋との組み合わせ?
50.中日新聞に モロッコのタジン鍋/ポテト料理の一例
51.もう一つの映画 「モロッコ」:ゲイリー・クーパーの出世作/タジン鍋は蚊帳の外
52.タジン鍋のお陰で「味噌汁」をやめた。/愛好者の告白
53.涼しい部屋で暖かい「タジン鍋」/夏の健康管理に推奨
54.我が家族の 「タジン鍋」愛用率/ 75%
55.タジン鍋のレシピについて/自由奔放で良い
56.月下美人が開花/月→砂漠→タジン鍋
57.タジン鍋 増産中/梅雨時は乾きにくい
58.カサブランカ 蕾ふくらむ/本場のタジン鍋が早く見たい
2009年4月22日水曜日
91.タジン鍋 新製品試作中 / お求め安く
「コーン型」の蓋 /未完成
従来の「かぶと型」に加えて、コストダウンのためのコーン型を試作。
これはタジン鍋の一般的な形であり、蓋の重量・内面積は従来の二分の一程度、従って性能は若干落ちるが手軽で安価である。完成後、テストを行い公開。
2009年4月14日火曜日
90.タジン鍋の認知度アップ実感 / 春祭り 盛大に終了
好天に恵まれて大勢のギャラリーで賑わった。この祭りは地元「街つくり委員会」が主催する伝統ある催しである。インテリア、アクセサリーなどの手作りアート品の店がずらりと並び、マニアには応えられない。
驚いた事に「タジン鍋」を知っている人が従来に無く多かった。タジンだ! タジンだ!テレビや雑誌で見た、と言いつつ蓋を開けてみる。しかし、持ち帰る人は少なかった。ご時世からみて仕方ないが宣伝にはなった。近い将来、爆発的なブームを期待する。。
覚王山春祭り 2009.4.11,12

2009年4月4日土曜日
89.覚王山春祭り タジン鍋を展示 / 4月 11、12日
覚王山祭りは「日泰寺(にったいじ)」の参道界隈で、春、夏、秋の3回、数万の人出で賑わう。寺の縁日(毎月21日)とは全く関係なく、「町おこし」として行われるエベントで若い人にも人気がある。昔ながらの懐かしい風情と新しさが 存在するこの街は、今注目のスポット!
タジン鍋は苔玉、苔盆栽、布ぞうり等と共に手作り品として展示販売します。
覚王山日泰寺
(かくおうざん・にったいじ)
名古屋市千種区法王町1-1、地下鉄東山線覚王山駅下車2分
日本で唯一お釈迦様の遺骨を安置する寺として知られ観光名所でもある。
明治37年釈尊を表す「覚王」を山号とし、日タイの友好を象徴するに日泰寺の寺号をもった覚王山日泰寺が誕生した。この寺院は成立の性格上日本仏教徒全体の寺院であり、いずれの宗派にも属しない寺院であって、その運営は現在19宗派の管長が3年交代で住職をつとめている。日本で唯一の全仏教寺院として特異な存在である。
詳細は「覚王山商店街」⇒検索、及び、「覚王山日泰寺」⇒検索
2009年4月3日金曜日
88.夏の健康維持 / 涼しい部屋で暖かい タジン鍋
「鍋物は冬」と決め付けてはいけない。食欲の無い時に野菜は敬遠しがち。こんな時はタジン鍋をお勧めする。夏でも暖かい食べ物は身体にとても良い。とにかく野菜の「うまみ」と「栄養」を逃がさず調理でき、しかも、とても柔らかく出来る。手間もいらず省エネにもなる。
「ツタンカーメン」の花 2009.4.3
2009.4.12
2009.4.21
紀元前14世紀、今から3500年前、エジプト第18王朝・ファラオの即位は10~11歳と考えられる。即位後僅か9年で突然死亡したというのが定説であり、妃はアンケセンアメンである。1922年、ハワード・カーター(イギリス)により発見された「王家の谷」にあるその墳墓が「黄金のマスク」など豪華な副葬品とともに発掘された。
発掘された墓の副葬品の中からエンドウ豆(後にツタンカーメンと命名された)が発見された(真偽の程は定かではなく学術的には証明されていない俗説)。古代エジプト人が食べたであろうエンドウ豆を持ち帰ったカーター氏は、発芽、栽培に成功した。その後、数国にわたり、栽培が続けられた。日本には1956年、米国から水戸に送られてきた。
食べ方はグリンピースと同じ調理でよい。ご飯に入れると「ワインレッド」の色がひろがり、ロマンに浸りながら風味豊かに楽しく食べられる。
2009年3月22日日曜日
2009年3月16日月曜日
2009年3月8日日曜日
85.タジン鍋のひろがりー4 / 市場の様子
ひるがの高原 2009.2.12
この数年、「タジン鍋」の認知度、及び、市場は大きく拡大しつつある。ネット上で検索すれば「あふれんばかり」の情報の山、テレビでも時々話題として放映され、スーパーやデパートでもちらほら陳列され始めている。料理店でも既報のとうり関心を高めつつある。ネットコミ、口コミ、びらコミ、展示コミ等、作り手や売り手の必死の草の根運動とユーザーの好奇心、向上心の結果であろう。
参考のために現在時点の市場価格を調査した。ネット上のほんの一部のデータであり、しかも、意匠デザイン、大きさ、性能、使い勝手など不明な点が多いが凡そのイメージはつかめる。
小型タジン鍋(1~2人用、鍋内径15cm前後、深さ4cm前後)では量産品と思われるクラスが2900~4700円、手作りクラフト品が6000~9000円位。大型(3~5人用、内径20cm前後、深さ5cm前後)では量産品と思われるクラスが8300~27000円、手作りクラフト品は15000~25000円である。ブランドは有田焼、美濃焼、万古焼、マラケッシュ、エミール・アンリ、ル・クルーゼ、一般作家・・など、バラツキは大きい。
2009年3月1日日曜日
84.タジン鍋のひろがり-3 / 続・日本料理店
飛騨・高山にて 2009.2.12
先だって納品した例の日本料理店では、既に営業用に使用している模様。料理をお気に召したお客様の中には同じ「タジン鍋(鍋本体)」をお店経由で注文された程である。お店の主人も更に「大型すっぽん鍋本体」を特別注文され、とりあえず大型タジン鍋を納入した。工房では独自にすっぽん鍋を試作開始した。
2009年2月21日土曜日
84.タジン鍋の材料 が値上がり/ 売価維持 を研究中
超耐熱材料(粘土、釉薬)が順次値上げされている。レアメタルである「リチュウム」鉱石が自動車用電池需要の急増や他の要因で奪い合いになっていると考えられる。従ってタジン鍋の値上げを出来る限り抑えるべく研究中である。例えば、鍋の蓋は超耐熱の必要は無く、従来は質感・風合いを容易に合わせるために同一材料を使っていたが「普通陶器材料」で質感を極力合わせる,異和感の無いデザインとする・・などである。
飛騨・白川郷・合掌造 2009.2.12
クリックで拡大
2009年2月19日木曜日
2009年2月13日金曜日
82.タジン鍋 話題のひろがりー2 / 日本料理店
1月下旬、縁あって日本料理店主(名古屋都心)の方からご注文を頂いた。プロの職人さんの感想を、是非、お聞きしたく期待している。2月上旬、更に追加注文を頂き、友人に勧められるとの事である。有り難く感謝!!
飛騨・白川卿 和田家にて 2009.2.12
2009年1月4日日曜日
81.タジン鍋 話題のひろがり-1 / デパートに登場
「タジン鍋」が徐々に広がりつつある事を実感するようになた。デパート、スーパーなどでちらほら見受けられる。テレビでも放映される事が増えた。爆発的ブームも近い?。
三越百貨店にて 有田焼(鍋:耐熱陶器、蓋:磁器) 1~2人用 3990円
2009.1.4
2008年12月16日火曜日
80.タジン鍋 ロマンー13 / 終章
北斗七星
12月11日 ストックホルムにてノーベル賞授賞式が行われた。今回は日本人受賞者4名の内、名古屋出身の2名を含む4名全員が名古屋大学理学部出身、又は、助教授経験者である。うち3名は約30年前、名大「坂田研究室」で素粒子物理学に熱中した仲だという。坂田研究室は日本初のノーベル賞受賞者(1949 物理学)の故湯川秀樹博士の京大「湯川研究室」の流れを汲む。共に「素粒子物理学」である。
「素粒子」の代表的なものが「クォーク」と呼ばれる。物質を極限まで細かくすると《分子⇒原子⇒原子核⇒陽子・中性子⇒クォーク》の順に小さくなる。クォークこそ宇宙で最も小さな想像も出来ない粒子であり、彼らは6種類のクォークが存在する事を予言し宇宙物理学の進歩に大貢献をした訳である。
遥か137億年前、ビッグバンと共に宇宙が誕生した時、それまでクォークの大塊であった前宇宙(仮称)は大爆発のエネルギーにより「水素」を主成分とする物質の生成・拡散・凝集が始まった。水素の塊はその引力と重力によって超高圧・超高温となり、核融合反応をしながら新しい物質の蓄積と膨大なエネルギーを宇宙に放射しながら「新星」⇒「超新星」⇒「爆発」を繰り返し、更に新しい物質を生成・拡散・凝集させる。タジン鍋の材料もこうして宇宙の何処かで生成し、何十億年か前に地球に到達する。
2008年11月5日水曜日
79.タジン鍋 ロマンー12 / 強い土鍋
上高地 梓川
モロッコのタジン鍋は地場の粘土材料なので耐熱性が小さく「ゆっくり加熱、じっくり煮込み」が普通であり、強度も弱いので長持ちはし難い。しかし、味もさることながらスローライフとしての風情も捨てがたい良さはある。(日本でもこの種は市販されている) ところが、粘土に夢の材料・リチュウム珪酸塩(葉長石 ペタライト Li2O3・AL2O3・8SiO2)を加えると耐熱性、機械的強度が驚異的にアップする。何処で誰が発見したかは定かでないが多分、何処かの研究室で偶然発見したのであろう。従来の一般的な土鍋は粘土にシャモット、コージライト原料等を配合していたので耐熱性、強度とも弱く空焚きは不可能、しばらくするとひび割れを生じていた。最近は一般的な土鍋もペタライトを配合するようになり、性能、デザイン、使い勝手とも良くなった。
「リチュウム Li]と言う物質は既に述べたように宇宙の歴史の中で鉄やアルミの生成と違ってごく限られた瞬間に生成し、幸運にも地球に辿り着いた稀少資源である。今では「ハイテク電池」の材料としても大量に消費されようとしている。業界はリサイクル等上手に使う工夫を最初から確立しておく必要がある。
2008年10月26日日曜日
78.タジン鍋 ロマンー11 / 月の砂漠・ロマンはつづく
タジン鍋は「モロッコ」の砂漠地帯で生まれ、伝統料理として今に受け継がれている。しかし、どうしてモロッコなのか、他の砂漠地帯では不可能だったのか疑問である。《以下創作》 月の光が照りつける砂漠地帯、気温は10度とかなり寒く焚き火で暖をとり暖かい料理を作りたいが「野菜や肉は沢山あるが水が無い」、そこで野菜や肉の水分だけで「無水蒸し焼き調理」が出来る独特の土鍋を発明した。「野菜や肉は沢山あるが水が無い」という現象は他の砂漠地帯には無いモロッコ独特の地理と気候風土に由来していると考えられる。事実、モロッコは砂漠や草原地帯が大半を占めるが山脈や川もあり、豊かな農業国である。しかも、砂漠のすぐ近くにカサブランカなどの大都市があり野菜や肉の流通もしっかりしていると思われる。ただ、水場だけが砂漠以外に偏っていることがタジン鍋を誕生させた環境風土である。
77.タジン鍋 ロマンー10 / 陶器はいつ生まれどのように発展したか
縄文式土器
地球上において、陶器はいつ何処で生まれたか明確な根拠は無い。1万2千年以上前の日本(縄文時代初期)で焚き火の中で硬くなった土を発見、土器を発明したと言う説が有力であるが定かではない。前後して世界の彼方此方で既に作られていたかも知れない。その後、世界各地で独自に発展してゆき、中でも中国陶器は世界各地に流通した。「磁器」と言う緻密で硬く、強い「やきもの」は10世紀前後に中国・景徳鎮で発明され世界各地に広がってゆく。日本では年代順に「縄文式土器」、「弥生式土器」、「須恵器」、「土師器」、「陶器」、「磁器」と呼ばれ、特に陶器・磁器の技術は15世紀以降中国、韓国の影響を強く受けて発展してゆき、20世紀には日本の陶磁器技術は世界トップレベルに到達した。
2008年10月12日日曜日
76.タジン鍋 ロマン-9 / 母なる火
薪窯の炎 豊田市にて
50万年前、人類が最初に手にした火は、落雷や噴火による火災によってもたらされたものだと考えられている。そして、こすれあう木の枝から発火するのを見て発火の術を手に入れます。
「人類は火を制御し 火を利用する事によって文明を作り出してきた。土に火を与える事によって高温化学反応を起こさせ 再び岩石に戻してこれを《やきもの》と呼び、文明の利器とした。 火は命の母である。」(文集《どすいか》第3集より)
薪窯の中 1200℃ 豊田市にて
薪を焚いて50時間、漸く1,200℃に達する。この後更に50時間薪をくべ続ける。何千万年掛かって岩石が風化して出来た粘土を僅か100時間(電気炉は約10時間、ガス炉は約20時間で焼成)で岩石に戻す。人間だけに与えられた脅威の能力である。
75.タジン鍋 ロマン-8 / 命の水
「地球の表面の7割は海に覆われ 人体の7割は水で出来ている。まさに水は命の源である。
水は岩を溶かし土に変え 土に命を与える。活きた土は《やきもの》の細工と形を可能ならしめる。」(文集《どすいか》第三集より) 信州上高地 大正池
大宇宙にも水は大量に存在している。ビッグバン、新星の誕生成長、超新星爆発の過程で酸素が作られ、水素と反応して水になる。41億年前、ガスの雲の下で水蒸気が凝集し、海ができはじめる。これが万物の始まりであった。今も尚、その水は地球の中で循環して万物の命を支えている。
74.タジン鍋 ロマン-7 / 恵みの土
山口県青海島
「地球が誕生して46億年
悠久の時の流れが岩石を作り それを風化して土を育んだ
土は地球上の命の循環を支え、また 文明の盛衰も土と深く関わってきた やきものの発明発展も土の恵みに他ならない」(文集"どすいか"第3号より)
火成岩、堆積岩、変成岩、火山噴出物が粘土鉱物生成の出発物質である。これらは46億年の宇宙活動、火山活動や地球内部の高温高圧環境の中で生成、更に熱水・風化作用を受けて粘土鉱物へと変身する。
尾張・西三河・東濃地方は200~500万年の昔「東海湖」と言う琵琶湖の10倍もの湖であった。付近の広大な花崗岩地帯から流入する風化粘土が堆積、これが国内有数の「やきもの」産地へと発展した。

東海湖底に堆積した粘土層と思われる。下から粘土層、亜炭層、シルト層、粘土層(日進市岩崎台地内標高50m)
2008年9月27日土曜日
73.タジン鍋 ロマン-6 / 地球の46億年
水の惑星
月面から見たの地球の入り
遥か46億年前、天の川銀河の片隅でガスや塵の集団から太陽、地球、その他の星が誕生、超大質量の太陽を中心に公転を始める。そして小さな星が次々と衝突を繰り返し衝撃熱で地球は灼熱の地獄が続き火星ほどの星が衝突した時に月が生まれる。やがて地殻が安定して海が生まれる。月と太陽のエネルギーを受けながら化学反応を繰り返し生物の基礎物質を蓄積、40億年前にはようやく生命体が発生する。その後、火山活動・地殻の変動・氷河期などを繰り返し、魚類の発生まで35億年を要する。恐竜の全盛は尚も4億年、人類(旧人)の誕生はようやく30万年前の事である。しかし、タジン鍋の材料元素は既に何億年も何十億年も前には地球上に存在していたと言う。ロマンは既に始まっていたのだ。
72.タジン鍋 ロマンー5 / 太陽系 第三惑星

太陽系
太陽系は銀河系の誕生から90億年を要している。その惑星もほぼ同時にできたと言う。惑星は自分の遠心力と太陽との引力のバランスで安定した位置を維持している。太陽に近い方から水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、・・最初の三つは鉄と珪素が主成分の岩石質であり地球と似ているが太陽からのエネルギー供給等の違いがある。地球の環境と生物は宇宙の中の微妙な条件の一部に支えられている事になる。木星以降は太陽に似て殆ど水素やへリュウムが主成分のガス惑星であり、木星などは最大の惑星だが太陽になり損ねた星と言われている。




